Research
Research on Fire Safety: Fire in Spacecraft, Fire due to Earthquake
【宇宙環境での火災の防止に向けて】
最近の技術の進歩により,人類が気軽に宇宙に旅行に行くことも夢物語ではなくなってきました。しかしながら宇宙船内は密室で,かつ多量の電気系統が存在しているので,宇宙船内で火災が生じる可能性は否定できません。宇宙空間では無重力なので,着火や火炎伝播挙動は地上のそれとは大きく異なります。また,密室であることを考えると通常の窒息消火法を適用するわけにはいかないので,人体に影響を及ぼさない,新たな消火法の開発が必要になります。高校の物理を応用すると,地上でも一瞬ですが微小重力環境を再現できますので,これを用いた実験的な研究を実施しています。
①そもそも宇宙での重力環境を再現するには?
高校の物理で「慣性力」を学んだと思います。加速度の方向と逆向きに働く見かけの力で,例えば降下するエレベーターに乗っている人間には上向きに働きます。この分だけ人間に働く重力が減じられます。降下中のエレベーターに乗っていると浮くような感覚を受けるのはこれが理由です。慣性力はエレベーターの加速度に比例しますので,自由落下(加速度が重力加速度に等しい)であれば,人間に働く重力と慣性力は向きが逆で大きさが等しいことになります。この場合,合力は0となるので,無重力状態になります。実際には空気抵抗などによって自由落下時の加速度を完全に重力加速度に一致させることは難しいので,完全な無重力は達成できませんが,このように自由落下を利用して微小重力環境を再現する手法が一般的に用いられています。本研究室では高さ1.5mの落下塔を製作しています。約300 msの間,0.1~0.01G程度の微小重力環境を作り出せます(一瞬です)。
左:エレベーター内の人間にかかる力のつり合い。中央:当研究室で製作した落下塔により達成できる微小重力レベル。右:当研究室で製作した落下塔。
②微小重力環境で炎はどうなる?
水の中に発泡スチロールを入れると浮きます。発泡スチロールには重力と水からの浮力がかかります。重力は発泡スチロールの体積に発泡スチロールの密度と重力加速度を,水からの浮力は,発泡スチロールの体積に水の密度と重力加速度を乗じると求まります。このとき,発泡スチロールのほうが水より密度が小さいので,重力よりも浮力が大きくなるので浮きます。火炎の場合も同じで,発泡スチロールが火炎,水が空気だとしますと,火炎のほうが密度が小さいので,火炎は浮こうとする(上に伸びる)わけです。ところが微小重力環境では重力加速度がほぼゼロになってしまうので,浮力も重力もゼロになってしまいます。そのため,上に伸びようとはせず,単に物質の分子拡散に依存して輸送されます。つまり,火炎は同心円状に広がります。
③火炎を吸って消せるか?
そもそも燃焼現象には3つの要素が必要だと言われています。①燃料,②酸化剤,③エネルギーです。これらのうち1つでも欠けてしまうと燃焼反応を維持できず消炎してしまいます。例えば電線火災の場合,燃料となるのは電線被覆(が加熱されて気化した蒸気)で,酸化剤は周囲空気中の酸素になります。火炎を吸引することで火炎周囲の未燃の電線被覆蒸気を吸引できれば,燃料が不足して消炎します。また,吸引することで火炎から熱を奪い,電線被覆の熱分解を抑制できればこれもまた消炎します。このように,火炎(およびその周囲のガス)を吸引することにより消火が可能です。これを基礎に,より効果的な消火法の開発,微小重力環境での適用の可能性に向けて研究を進めています。
左:水平電線を伝播する火炎。伝播中に自由落下させて低重力環境にしたもの。右:水平電線を伝播する火炎に吸引流を作用させた瞬間(通常重力環境)。吸引口周辺の発光が薄く,このぶぶんで煤が吸引されていることがわかる。
【地震火災の防止に向けて】
2024年1月に発生した能登半島地震では,被災地で大規模な火災が発生し,多くの被害をもたらしました。地震火災時の火災原因は様々ですが,ガス管が破損して何らかの着火源により着火に至ったり,コンロやろうそくなどの炎が倒れて周囲に延焼したりすることによる,と言われています。そもそも地震など,火源が揺れた場合に火炎がどのようなふるまいをするのか,についてはあまり明らかになっているとは言えず,周囲への熱影響なども定量的なところは不明です。本研究室ではこのテーマを実験的に取り組んでいく予定です。